25年が過ぎて見つけた25の話 #24
檜の香りとともに残る記憶 ― 能楽堂の話
6月になると27年前に建物が完成して引き渡しを受けた日のことを思い出します。市役所からりゅーとぴあの事務室に引越し、10月22日の開館に向けて準備が始まりました。完成したばかりの大きな建物のなかで社会人一年目の私は文字通り右も左も分からない状況でした。最初は設備管理についてレクチャーを受ける日々でしたが、能楽堂の手入れを説明してくださったのが建築家・佐久間邦昭さんでした。
佐久間さんの説明書はA4横長に手書きで書かれていました。その文字は流れるようで力強く、一文字一文字丁寧に書かれています。佐久間さんは市内で建築設計事務所を営んでおり、能楽堂工事の監理をされていました(監理:設計通りに工事が実施されているかを確認する仕事)。確か、開館から15年を過ぎたころまでは連絡を取っていましたが、その頃には状態も安定していたため次第に疎遠に。ある日、訃報を人づてに聞きました。いつも穏やかでニコニコされていて、どんな質問にも真摯に答えてくださる方でした。今回の25の話は、佐久間さんから聞いた話を、手入れの説明書と私の記憶で綴ってみます。
1.能舞台の模型
これは能舞台の模型です。工事の打ち合わせで実際に使われたと聞きました。実物の屋根は檜皮(「ひわだ」ヒノキの皮のこと)で覆われているのでその内側は見えませんが、「この模型で屋根の構造がよく分かるよ」と話していたのを思い出します。しかも、実物と同じく目付柱(舞台正面左側の柱)が外れるように作られていて、驚くほど精巧です。屋根の上から見たり、舞台の裏側から見たり、実際には見れない視点からでも見ることもできます。
完成後しばらくは佐久間さんの事務所に置かれていましたが、現在はご本人の希望で、りゅーとぴあで大切に保管しています。
2.能舞台の床板
能舞台の床板は、住宅で使われるものより幅が広め。それは、すり足のときに継ぎ目に引っかからないようにするためだと、説明書にありました。踏んだときの音や感触を大切にするため、他の能楽堂を見に行ったり、専門家に話を聞いたりして、材の厚みを検討されたそうです。開館して数年は常に温湿度を管理していましたが、徐々に板同士に隙間ができてきて、10年を過ぎた頃に「床締め」という工事を実施。余白ができた部分に、当初から確保してあった予備の床板を敷き詰めて、現在の形に安定しました。
これが現在の状況です。
これは材料の見本として佐久間さんから譲り受けたものです。今もなお檜の良い香りがします。
木曾檜は樹齢400~500年、台湾檜は樹齢500~1000年、と能と同じくらいの歴史がある木材です。まさに“歴史を踏む”材料と言えましょう。
3.能舞台の床下
「能舞台の床下には甕(かめ)がありますが、ここにはありません」と佐久間さんが説明してくださったのは今でもよく覚えています。屋外に建つ能舞台は足踏みの音が響くように床下に甕があるそうですが、りゅーとぴあの場合は屋内の能楽堂なので甕は不要、逆に響く音を吸音するものが入っているという説明でした。そして、前述の床板の予備品も床下に保管しています。
4.釘(くぎ)は使われている?
あるとき、お客様から「この舞台、釘は使ってあるの?」と尋ねられて、私は答えに詰まりました。このことを佐久間さんに尋ねると、またも手書きで丁寧な説明が返ってきました。そして実際に使われている釘と同じものを後日いただきました。
まとめると──
・舞台屋根の桧皮葺(ひわだぶき)の下に野地板(※屋根材の下地材のこと)がありこれらを固定するために竹で作られた釘が使われている。
・野地板の下に垂木がありこれらを固定するためステンレスの釘が使われている。
・構造体には釘を使っていない。
ということでした。
(屋根を上から見た様子)
5.茶室(楽屋)の造り
能楽堂楽屋は茶室としても使えますが、この手入れについても佐久間さんの説明書に細かく記載があります。
床柱は2本あり、一方は「出絞(でしぼ)」という絞丸太。表面に凹凸があって、非常に貴重な木材とのこと。もう一方は滑らかな柱で、説明を聞いたはずですが…すみません、記憶があいまいです。
こちらは出絞の絞丸太。表面の凹凸は自然にできたもの、と仰っていました。
もう片方の床柱は、ツルっとした表面です。
佐久間さんの説明書には「床柱は樹齢30~50年の天然絞りの挿し木柱。林業者が丹精込めた木材である。」と書かれています。
床框、地袋板は本漆塗、取っ手が楕円といった細部にまで趣向が凝らされていることが分かります。それから床の間の上に置かれた表示は、佐久間さんに用意するよう言われて開館前に私が作ったものです。27年経っても意外としっかりしています。
6.管理の心得
このことについて、佐久間さんの説明書には次のように書かれています。
・自己の職業を愛し、しかも誇りをもって業務に精励する人
・つねに研究心を旺盛にもつ人
・業務について自己研鑽に励む人
こうして読み返すと、背筋が伸びる思いです。
いただいた知恵や志を、今度は自分が次の世代に渡していく番になりました。
25の話#24 能楽堂には、佐久間さんのように建物に真摯に向き合った方の想いが今も息づいている。その証しが、模型や手書きの説明書の中に確かに残っている。
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