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【木ノ下裕一の能楽てらす】vol.1「能楽トーク 山階彌右衛門×木ノ下裕一」<前編>

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世阿弥の子孫の能楽師と、古典の伝道師がガチンコ能楽トーク!
世阿弥と能を多方面から語り付くし、仕舞も舞った熱い2時間

 古典芸能をこよなく愛する木ノ下歌舞伎主宰・木ノ下裕一さんによる新シリーズがいよいよスタート!
 「能楽を照らす、能楽が照らす」をコンセプトに、「能は難しそう」と思う初心者から、「もっと能を深く知りたい!」というコアなファンまで、誰でも能楽って面白い、奥深い!」と楽しみながら学べる内容です。
 初回は佐渡にも縁が深い能の大成者・世阿弥を祖先に持つシテ方観世流能楽師・山階彌右衛門さんをゲストに迎え、世阿弥や能について熱く語り合い、後半では山階さんが仕舞も披露しました。

(2025年6月21日 取材・文/本間千英子 撮影/松永由佳)

世阿弥は室町時代のスーパー能楽師!
『風姿花伝』には子孫へのリアルな指示が満載

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 最初の話題は、山階さんの祖先で室町時代、京の都で栄華を誇りながらも70歳を過ぎた晩年、佐渡に流刑された能の大成者・世阿弥。

平安時代から謡(うたい)だけ、舞いだけ、語りだけなどに分かれた猿楽と呼ばれる芸能がありましたが、観阿弥・世阿弥の親子が1つのお芝居として、ミュージカルのようにまとめあげたのが能です」と山階さん。「世阿弥は俳優としてもスーパースターで、今の能の原型を作り上げた人。劇作家であり理論書も書いたスーパーマンですよね」と木ノ下さん。

 世阿弥は父・観阿弥に幼少時から能の英才教育を受けました。観世流の約210演目のうち数多くが世阿弥作および世阿弥が手を入れた作品です。

 世阿弥作品の特徴は「花鳥風月の心がある。景色や自然を曲に呼び込む」と山階さんが話せば「確かに世阿弥の作品は非常に風景描写が巧み」と木ノ下さんも納得。

 世阿弥は作曲家としても優れており、「謡いやすく、元のセリフである和歌とうまく同調し、覚えやすくて語りやすいんです」と山階さん。「ただ、リズムの良さを重視して説明をカットするため内容が分かりにくいことがある。お客さまに感じ取ってくださいとお願いすることが多いんですね」。

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 世阿弥の理論書のうち、特に有名な『風姿花伝』。これは元々は子孫に対して、稽古方法や作品への心構えなどを説く指南書。しかし、客層を判断して演目を選ぶこと、客席が賑わっている時はわざと出のタイミングを遅らせて客が「どうして出ないのか、何かハプニングがあったのか?」と静まった瞬間に登場すると良い等、「上演にあたっての具体的な指示があることも面白いですね」と木ノ下さん。

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「複式夢幻能」の主人公はほとんどが幽霊
人生の失敗談には現代人も共感できる

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  世阿弥が確立した『複式夢幻能』。これは、前場(まえば)と後場(のちば)に分かれた構成で、例えば前場でワキ=現実の旅僧がある土地を訪れ、地元の人間の姿をしているが実は幽霊であるなど、この世の者ではない存在のメイン人物=シテに出会い、後場でワキが見る夢に前場のシテが装束を変えて登場し、自らの過去を語り、舞って消えていくという構成です。
 「実は過去に一度だけ、名人と言われたシテが後場に出なかったことがあるんですよ」と山階さん。上演後にその名人は「幽霊として出ていたから見えなかっただけでしょう」とすまして言った、というエピソードを披露すると、会場に笑いが起こりました。
 木ノ下さんは複式夢幻能について「観客もワキの一人として、幽霊が描く過去の再現を一緒に覗いている感覚。その時代に無理なく心を飛ばして、過去と触れ合うことができる。能の代表的な演目の主役のほとんどが生前ハッピーではなかった人の幽霊。彼らの人生の失敗や辛い思い出には現代人も共感しやすいと思います」。

江戸幕府はコスパ重視で能を上演!?
シテの年齢とキャリアにも注目して鑑賞したい

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 同じ役者が前シテ、後シテを勤めるようになったのは実は江戸時代から。世阿弥が活躍した室町時代は、別々の役者が演じていたといいます。山階さんは「主役が二人だと、出演料が2倍かかるでしょう? 幕府主催の公演で、支出を抑えるためにシテが一人になったと言われています。能面や装束も室町時代に作られた原型を江戸時代に引き継ぎ、作品ごとに使う物をほぼ確定したのは、新調すると幕府の支出が大きくなるからでは」と推測します。同じ役者の違う芸風を一つの舞台で見るのは観客には興味深いですが「演じる方は大変ですよ」と山階さんは苦笑い。
 源義経と弁慶、義経の愛妾・静御前が登場する『船弁慶』を例に「前シテは静御前として優美な白拍子の舞、後シテは平知盛の亡霊役でなぎなたを振り回す勇壮な舞。ベテランは前シテがうまくできても後シテが体力的にきついんです」。木ノ下さんは「若手だとそれが逆になる。シテの年齢と経験で同じ役が変化したり深まったりするんですね」と感心しきりでした。

儚く散る人は淡く、嫉妬深い人は濃く重く。
装束の色と文様には明確なロジックあり!

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 美しい装束もお能観賞の見どころの一つです。この日は山階さんが所有する「長絹(ちょうけん)」をステージ上に飾り、紹介しました。

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 長絹は『半蔀(はじとみ)』に出てくる源氏物語の女性、夕顔の霊などが羽織って舞います。
山階さんが「夕顔が登場する季節は9月頃なので、涼し気な白い色や浅黄色などを用います。夕顔は光源氏のもう一人の恋人である六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の怨霊に祟られてあっさりと死んでしまう。儚くあっけない存在なので、このような淡い色合いの装束になる。逆に六条御息所は濃い紫色で刺繍も厚いんですよ」と言うと、「役の心の重さ・軽さを装束の色で表現する。装束のロジックが分かると、より能の見方が深まりますね」と木ノ下さん。

「能面」は雄弁にキャラクターを語る。
イマジネーションフル回転で能を見よう!

 山階さんは鬼の面「顰(しかみ)」も持参。「しかめっ面」の語源になった能面で、『紅葉狩(もみじがり)』『土蜘蛛(つちぐも)』で使うことが多いそうです。ちなみに角が2本ある「般若(はんにゃ)」の面は女性が嫉妬のあまり鬼になった役で使われます。

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 山階さんが実際に顰面を付け、その角度をほんの少し上下しただけで表情が変わるのに、参加者からは驚きのどよめきが!
 上向きにして心が晴れた時を表すことを「照り」、逆にうつむき加減にして苦しみを表現する時は「曇り」と言いますが、「上を見ました、下を見ましたではないんです。若い役者はよく『面(おもて)を動かすな』と叱られる。心から演技をしなければならないのですね」と山階さん。

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 役者は面を着けた場合、視界が狭まります。特に女面は目が小さく、鼻と口もふさがっているので足元が全く見えず、目を閉じて動いている状態だとか。しかし「役者として経験を積むと面と体が一体になり、着けていることが気にならなくなる」と山階さん。
 シテが素顔で演じることを「直面(ひためん)」と言います。「悲しい場面もうれしい場面も絶対にポーカーフェイス。瞬きはもちろん、汗をかいてもいけない。直面で有名なのは弁慶の役で、歌舞伎では役者が表情を大きく変化させて強調しますが、能ではしません。しかし稽古をしていくと、弁慶の力強さや格がだんだん出てくるんです」と山階さん。それに対し、木ノ下さんは「観客が弁慶の感情を考えて、役者の素顔に映して見る面白さは能独特のもの。世阿弥が作った『複式夢幻能』も同じで、観客のイマジネーションで舞台が完成するんですね」と話してくれました。

 

【木ノ下裕一の能楽てらす】vol.1「能楽トーク 山階彌右衛門×木ノ下裕一」<後編>へ続く

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