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新潟で創る!出演者オーディションに密着

新潟で創る!出演者オーディションに密着の画像

舞台『闇の将軍』四部作は、東京の劇団・JACROW代表の中村ノブアキさん脚本・演出のシリーズ。新潟県出身の稀代の政治家・田中角栄の半生を描き、第58回紀伊國屋演劇賞団体賞と、田中角栄役・狩野和馬さんが第31回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞したJACROWの代表作です。
2026年2月7日(土)・8日(日)、このシリーズの外伝『深闇、郷に還る』がりゅーとぴあ能楽堂で上演されます。JACROWメンバーの2人、田中角栄役の狩野和馬さんと、事務所スタッフ役の福田真夕さん以外は新潟のオーディションで選出された役者10名ほどを起用し、約2ヶ月間の稽古もりゅーとぴあで行うという画期的なプロジェクト。2025年8月23日(土)、24日(日)のオーディションをレポートしました。

(取材・文/本間千英子)

新潟人による新潟人のための舞台

 『闇の将軍』特別編が、新潟でのオーディションで選ばれたキャストを含めて制作・上演されるというニュースが発表されたのは2025年5月の「新潟劇王」最終日。今回の劇王の審査員を務めていた中村さんが「2024年1月に新潟で『闇の将軍』四部作を一挙上演した際、劇場のお客さまからの拍手の熱さが格別で感動した。そこで、新潟の人への恩返しの意味も込めて、新潟の演劇人や演劇好きと一緒に作り、新潟だけで上演する特別編を企画した」と話しました。

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 オーディション開催をりゅーとぴあウェブサイトなどで告知したものの、応募者の少なさを心配していた中村さんと関係スタッフ。しかしそれは杞憂に終わり、10代後半から70代まで、県内外から想定していた30名を大きく超える56名の応募がありました。
 「応募してくれた全員とお会いしたい」という中村さんの強い希望もあり、オーディションは1回10名程度との集団面接および実技を二日間計6回実施。事前に課題として『深闇、郷に還る』の台本の一部と、オーディションの概要が応募者に送られました。

多様な背景を持つオーディション参加者たち

 オーディションの審査員は、JACROWから中村さんと田中角栄役・狩野和馬さん、田中角栄事務所のメインスタッフ・平河敦美を演じる福田真夕さん、りゅーとぴあの演劇企画課長の4人です。
 オーディションは1回1時間半。会場であるりゅーとぴあ練習室5に並べられた椅子にその回の参加者全員が着席してスタートします。
 まずは1人ずつ、1分間程度の自己紹介。演劇との出合いやこれまでの演劇歴、オーディションに応募した理由などが語られました。

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 新潟県内の社会人による劇団の主宰者や、それらの劇団で長く役者をしているなど、新潟演劇界で現在活躍中の演劇人が複数参加した今回のオーディション。他にも、幼少時から新潟県内の子ども劇団に所属していた人、りゅーとぴあジュニア劇団APRICOT出身者など、演劇・演技経験者が目立ちました。
 いっぽう、演技未経験ながら田中角栄の経歴や越山会の知識が豊富な人や、『闇の将軍』シリーズを鑑賞して衝撃を受け応募した人、親族が越山会員だった人や田中角栄一族が経営する地元企業に勤務していた人など、新潟が舞台でテーマが田中角栄と越山会だからこその応募者も。多彩な経歴の参加者それぞれが、自らの言葉で真摯に語りました。

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田中角栄の関係者をその場で演じる

 続いては台本の読み合わせ。中村さんからは最初に「その場面を演じるメンバー内で『会話』ができているかに注目しますが、どうかリラックスしてください」とアドバイスがありました。
 狩野さんが田中角栄役を、福田さんが事務所スタッフ平河役を、本番さながらに演じます。その2人と相対し、セリフを読み上げる参加者たち。

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台本にある役は、越山会小千谷支部会長とその家族、南魚沼支部会長と女性部長、越山会青年部員、長岡越山会の有力会員とその娘、長岡市長とその秘書。参加者たちはその場で役を割り振られます。椅子から立ち上がったり、身振り手振りを交えたり、角栄役の狩野さんと視線を合わせ笑いあったりと、どの人も堂々たる役者ぶり。新潟弁、長岡弁を交えて話した人もいます。演技未経験の人であっても役になりきっている様子を、審査員たちは真剣に見つめていました。

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即興演劇の設定は「ある劇団の会議」

 続いてはエチュード。台本なしの即興演劇です。最初に「全く他の人になる演技ではなく、『素』で会話してください。黙り込まず、極力話すことを心掛けて」と中村さんから注意がありました。

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 エチュードの設定は1ヶ月後に大事な公演を控えた架空の劇団「闇将軍」の稽古場。主宰する作・演出の狩野和馬さんの不倫スキャンダルが発覚、劇団メンバーに扮したオーディション参加者が上演賛成派と反対派に分かれ、議論する場面を5分ほど演じます。
 最初にエチュード未経験者と経験者ができるだけ同人数になるよう2グループになり、それぞれのグループで再度自己紹介と、メンバーとして呼んでほしい名前を伝えます。次に賛成派・反対派に分かれ「どう理論武装するか」を話し合いました。時に声を大きくし、熱く語ったり、最初から最後まで冷静に、丁寧に意見を述べたりしながら、参加者は演技プランを練ります。

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 エチュードが始まると、稽古場という設定に沿って床でストレッチをする人や、椅子で座ったまま体を動かす人、狩野さんのスキャンダルが報じられた週刊誌を読む素振りをする人など、それぞれが考えた演技を見せます。いざ話し合いになると、賛成派が反対派の人に向き合い、真剣な顔で肩を揺さぶりながら説得したり、コミカルな動作でユーモラスに自分の考えを言ったりと、相手の意見に耳を傾けながら反論し合うチーム戦で、現場の空気は少しずつヒートアップ。

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 エチュードの途中ではなんと、話題の張本人として狩野さんが登場。「自分のスキャンダルは捏造されたもの。数年かけて準備してきたせっかくの公演、どうしても上演したい」と訴えると、賛成派は狩野さんと笑顔でハグし、握手するなどして同意し、反対派は首をふり、呆れた表情で「今回の舞台は延期か中止を」と説得にかかりました。

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 結論を出そうと、狩野さんは賛成反対の多数決を決行。全員がどちらかに挙手してエチュードは終わりましたが、最後の挙手で「説得されてしまった」と意見を変えた人もあるなど、毎回、ドラマティックに幕を閉じました。 

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ロッキード事件で揺れた越山会が新作のテーマ

 中村さんがエチュードの設定をこのようにしたのは、ロッキード事件に際しての越山会の対応を今回の舞台『深闇、郷に還る』で展開するからです。

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「ご存知の方も多いように、ロッキード事件で田中角栄は世間から大バッシングを受けました。越山会は今まで通りに田中角栄を支えるかどうかを話し合い、若手メンバーなどの反発がありながらも、結果として支持を決めた。JACROWの芝居は“会話劇”と言われますが、私は“会議劇”とも思っています。会議はエンターテインメント。当時の越山会の会議で起こったであろうドラマを、このエチュードで体験してもらいました。これから書く台本の参考にさせていただきます」と中村さん。さらに「狩野さんの名誉のために言っておきますが、今回の設定は事実無根。狩野さんは倫理観のある人です」と続け、参加者に笑顔が広がりました。

審査ポイントは演技スキルと「対応力」

 「新しく出会った演劇が好きな人たちとの時間はとても楽しかった」「初めてのオーディションで緊張して臨んだが、貴重な経験になった。出演者として参加できなかったとしてもJACROWと今回の舞台を応援する」「演技は初心者だったが、学びがたくさんあった。新潟にゆかりのあるメンバーで上演することで、作品がさらに良くなるのではないか」など、オーディションの感想を口々に語りながら会場を後にした参加者たち。どの顔も充実感と達成感で輝いていました。
 審査のポイントについて中村さんは「舞台になる昭和4、50年代の空気感を出せる人かと、田中角栄役の狩野と会話が成立するかがポイント。読み合わせは相手の目を見て、セリフとして話せるかなど、主に技術面の審査。エチュードは『対応力』の有無を見ました。うちの芝居は演出家のトップダウンではなく、役者とスタッフで話し合いながら作ります。意見を発信し、場や相手に適した言動がとっさにとれる力は重要です。自己主張だけしていないか、他の意見を尊重し、その場で落ち着いて話せるか、誰かの言いなりになっていないか、エチュード前の話し合いから一人一人に注目していました」。24日の最終オーディション後すぐに、合格者を決定する「会議」に入った審査員たち。結果は9月上旬、参加者全員に通知されました。
 

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