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Special interview 三浦一馬さん vol.2 – 大きな節目の年。新たなピアソラ像にアプローチするには絶好の機会

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(C)井村重人

Special interview 三浦一馬さん vol.2

来る5/2(日)、「東京グランド・ソロイスツ」を率いて新潟にやってくるバンドネオン奏者の三浦一馬さん。ロングインタビュー第二弾をお届けします。(第一弾は こちら から)
高校1年生の春休み、巨匠ネストル・マルコーニの演奏を聴いて衝撃を受けた三浦さんは、いったいどうなってしまったのでしょうか。

《初めての町で、連絡先も知らない。巨匠にお会いできたのは奇跡でした》

―― 巨匠のステージを聴いて、バンドネオンの常識が覆ったのですね。

三浦さん はい。マルコーニさんの公演はバンドネオン・ソロによるステージだったのですが、まさかバンドネオン1台でこんな景色が描けるなんて…。多彩かつ豪華なサウンドで、目を閉じると一人で弾いているとはとても信じられないような世界が拡がっていたのです。

別府アルゲリッチ音楽祭に向かう前から、マルコーニさんには「どうにかして僕の演奏を聴いてもらわねば」と意気込んでいたのですが、当然、連絡先など知っているわけもありません。その規模の国際音楽祭にもなると、簡単にバックステージに赴くこともできませんし、半ばあきらめかけていました。

帰京まで残り僅かというところで、滞在中にたまたま知り合った関係者の方から着信が入りました。よくよく話しを聞いてみると、「○○というお寿司屋さんにマルコーニさんがいらっしゃる」というではありませんか!
その日はすでに寝る支度をしていたのですが、大急ぎで準備をし、タクシーでお寿司屋さんに急行しました。半信半疑、恐る恐る店の戸を開けると…そこにマルコーニさんがいらっしゃった。アサヒビールを片手に持ちながら…(笑)

 

―― お会いできたのは奇跡ですね。それで、演奏は聴いてもらえたのですか?

三浦さん 緊張しながら店内を進んでいき、マルコーニさんも事情がよく飲み込めない感じではありましたが、カタコトのスペイン語で自己紹介をして、ほぼ無理矢理に演奏を聴いていただきました。ちなみにマルコーニさんはお寿司屋さんのカウンターに腰掛け、僕はその隣を陣取ったような形。当然、周りには他のお客様もいらっしゃいます(笑)

その時に弾いたのは古いタンゴの曲で、マルコーニさんがバンドネオン・ソロ用に編曲した「Los Mareados(酔いどれたち)」という曲。まさしくその時のマルコーニさんがそうでしたが(笑)

それまで怖いもの知らずで、ほとんど緊張などしなかった僕でしたが、その時ばかりは…自分でもびっくりするくらい緊張しましたね。手足が震えて蛇腹がガタガタと音を立て、演奏も聴けたものではなかったでしょうが…とにもかくにも、そうして僕と「未来の師匠」との初めての出逢いがあったわけです。

 

―― ステキな出逢いですね。お寿司屋さんの後はどうされましたか。

三浦さん 次の日の朝、本番があるというのにご自身の滞在されている部屋に僕を招いて特別レッスンをしてくださったのです。これは本当に信じられませんでした。前日の夜中に弾いた曲だけでなく、その日にステージで演奏する曲の楽譜まで惜しみなくコピーをくださり、極めつけは「今年の夏ブエノスアイレスに来るならレッスンをしてあげよう」と言うのです。あれよあれよと言う感じでしたが、度重なる幸運に感謝しない訳にはいきませんね。

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「別府アルゲリッチ音楽祭」の歴史を象徴する、しいきアルゲリッチハウス

《初挑戦のコンクールで準優勝。うれしくなどなかった。悔しかった…》

―― ところで2008年の国際ピアソラ・コンクール準優勝は、実は「悔しかった」というのは本当ですか?

三浦さん 本当です(笑)

このコンクールは、イタリアのカステルフィダルドという町で開催されている蛇腹楽器コンテストのひとつ。ここはアドリア海を望む古都であり、城壁に囲まれた旧市街は中世の趣を色濃く感じます。この町は一説によると、世界のアコーディオン・シェア8割以上を占めるとも言われており、そんな蛇腹楽器の聖地で開催されるコンテストのひとつが、この「ピアソラ・コンクール」なのです。

大会に臨むコンテスタントの誰しもがそうかも知れませんが、僕も目指すところは優勝の二文字のみでした。コンクールで弾ききった後、「これならいける!いけるかも知れないぞ!」という強い手応えがあったので、準優勝の結果を聞いた時には正直、青ざめていたかも知れませんね…(笑)

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2008年 国際ピアソラ・コンクールにて

三浦さん 裏話をすれば、そのときコンクールの結果発表会場をよく分かっておらず、見当違いな場所で結果を待っていたのですが、たまたま知り合ったスタッフが偶然やってきて「準優勝だ!おめでとう!」と言うのです。…とても信じられませんでしたし、訝しげに聞いていると「あっちが発表会場だ」と僕をそこへ連れていき…まあ、そこで初めて正式な結果を見ることになるのですね。

日本を出発するときから1位以外の結果を想像すらしなかったですし、「2nd prize」というワードはなかなかに重いものがありました…(笑)。とはいえ、初めて挑戦したコンクールで自分の立ち位置を客観的に見ることができ、それをバネに今後さらに挑戦しようと思えたのは貴重な経験でした。

 

《りゅーとぴあのお客様はとにかく温かい。演奏もトークも受け止めてくれる》

―― その後素晴らしいキャリアを重ねてきました。りゅーとぴあへは2014年に「1コイン・コンサート」で、2018年に「ガーシュウィン&ピアソラ」で来てくださっています。

三浦さん 「1コイン・コンサート」、今でもよく覚えています!その時は、ピアノの有吉亮治さんと共にピアソラのステージだったと思います。ソロも弾いたかな? その後、何度もりゅーとぴあには伺っていますが、このときバックステージの壁に初めてサインをさせていただいた気がします。結構時間をかけてバンドネオンの絵を描いたような…(笑)。本番では2階席だけでなく3階席にまで、沢山のお客様にお越しいただけたのがうれしかったです。

もともと「1コイン・コンサート」は固定のお客様がいらっしゃるという側面も大きいですが、聴いてくださる皆様の「土壌」が違うなあと思った記憶があります。真剣に、そして楽しんで、我々の演奏を聴いていただけたという実感が、今も残っています。

ちなみに「中央区」はとても都会的という印象です。「りゅーとぴあのお客様」のイメージはとにかく温かい!ということですね。うまく言えないのですが、普段よりも拍手のタイミングが数秒早め、と言うか…(笑)トークへのレスポンスにも寛大に応えてくださるような、そんな嬉しい印象を持っています。
「新潟全体」で言いますと、とにかく美味しいものが多い!別のエリアにはなりますが、魚沼に伺ったときにも、本番後の美味しい日本酒とご飯がどれだけ身体に染みたことか…。

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2018年 三浦一馬キンテート2018 ~ガーシュウィン&ピアソラ(りゅーとぴあ)

《大きな節目の年。新たなピアソラ像にアプローチするには絶好の機会》

―― ピアソラ生誕100周年となる2021年。どんな年にしたいですか。

三浦さん まず何よりも、この100周年という大きな節目の年に、こうして生きていられること、それ自体に大きな感謝を抱かずにはいられません。

また、これは常日頃から思っていたことではありますが、今年ほど僕の考える「時代に即した、アップデートされたピアソラ」を弾くのに相応しい年もなく、胸が高鳴りますね。
生前のピアソラが世界に大きな衝撃を与え、その後彼の作品はクラシック界をはじめ多くのジャンルで積極的に取り上げられてきました。ある程度の年月を経たからこそ産まれてきた多くの「解釈」というものがあります。僕にとっては、本家本元の演奏も、他ジャンルによる演奏も、どちらも捨てがたい魅力があると思うのです。

両方を汲み取って、自分のフィルターを通し、さらに新たな「ピアソラ像」にアプローチすることは、生誕100年という節目は絶好の機会ではないでしょうか。

有り難いことに、僕には今日まで様々な形で突き詰めてきたピアソラというものがあると自負しています。ソロ〜オーケストラに至るまで、多くの形で模索してきましたが、今年は僕の中でも「フラッグシップ」とも言える編成=東京グランド・ソロイスツを主として、皆様に新たなピアソラをお聴きいただけることが何よりも幸せです。

次回に続く

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