このページの本文へ移動

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。の画像

音楽企画課の榎本広樹さんにお話しを聞きました。

―― 榎本さん、こんにちは。

榎本 よろしくお願いします。今日は一人の女の子を紹介します。まずは、そのお母様がどのように女の子を育てたか。

―― 興味深いですね。私も子育て中ですが、常に悩みはつきものです。

榎本 そのお母様は、このようにおっしゃっていたと、伝え聞いています。

「この子は何が好きなのかなと、ありとあらゆる体験に連れて出た。」
「絶対にけなさず、良いところだけを伝えた。」
「子どもと合う先生との出会いが大事。出会いが良ければ、心が開花する。」
「まわりは、どうでもよい。『あなたのすばらしい所は、キラキラしていて、かわいい心を持っているところよ、楽しむ事が1番!』と、伝えていた。」

…うぅ、同じ子育て中の身としては、なんとも身につまされるというか、特に「子どもと合う先生との出会いが大事」なんていうところは、孟母三遷の教えを思い出しますね。

―― もうぼさんせん、ってどういう意味ですか?

榎本 子どもの教育には、よい環境を選ぶことが大事という意味です。「孟母」とは孟子の母親のことで、彼女は子どものために三度住居を移しました。

―― 勉強になります。そのお母様、「絶対にけなさず、良いところだけを伝えた。」というのもスゴイ。言うは易し行うは難しです。

榎本 私も自分の子どもに、つい怒っちゃいますよね。そして、こんなお母様の元に生まれ育った女の子は、高校2年生のとき一人でヨーロッパを1ヶ月半周遊したそうです。

―― 高校2年生というと16、7歳です。何のために周遊を?

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。の画像

 

榎本 この女の子、5才のときからピアノをやっていたのですが、高2のときに1ヶ月半一人でヨーロッパ各地の音楽院を巡って、高校を卒業後どの音楽院で学びたいかを自分で決めたと言うのです。

―― この母にして、この子ありですね。

榎本 高校卒業と同時に、花の都パリに単身留学。パリの国立高等音楽院に審査員満場一致で合格し、やがて修士課程を首席で卒業。と、ここまでプロフィールをご紹介すると、すごく積極的な、ゴリゴリの人間のように思えませんか。

―― 確かに。

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。の画像

パリ国立高等音楽院

榎本 実際の彼女は「ほわん」としていて、ちょっと天然というか、脱力系なんです。若くして人生波乱万丈な方とは想像しにくい。でもね、「絶対にけなさず、良い所だけを伝える。」「楽しむ事が1番!」という教えを素直に受け取った女の子がレディに成長した時、世界が放っておかなかった。

―― なぜですか?

榎本 彼女が奏でるピアノの音が特別だったからです。実に生き生きとしていて、多彩な音色をピアノから紡ぎ出す。

パリ国立高等音楽院修士課程を修了した直後に受けた、第65回ジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門において、日本人として初めて優勝したのです。年によっては1位を出さないこともある伝統のコンクールで、8年ぶりの優勝者が誕生しました。

―― 子育てに成功の方程式はないけれど、この女性の場合は奇跡ですね。ところで榎本さん、そろそろ女の子の名前を言いましょうよ。みんな気づいているかもですけど。

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。の画像

萩原麻未

榎本 はい。萩原麻未さんです。「楽しむ事が1番!」というお母様の教えを素直に受けたとはいえ、そこはクラシック音楽の世界ですから、厳しい修練は当たり前。小・中学校の頃も部活動やスポーツはやらず、学校から帰ったらすぐにピアノに向かう日々。

パリに留学してからも、楽譜を読み解く力や、ベートーヴェンなどの古典をみっちり勉強したとのこと。名匠ジャック・ルヴィエという先生のもと、ものすごく厳しいレッスンを重ねたらしいです。

―― 十代後半~二十代前半の萩原麻未さん、パリで多くを学んだのでしょうね。

榎本 私には想像もできないくらいです。萩原麻未さんは次のようにおっしゃっています。「自分の表現ばかりにとらわれて、冷静に自分の音を自分の耳で聴くことができなかった。客観的に聴いて、どうお客様に聴こえているかが分かっていなかった。それを教えられた」と。

その女の子は、高2でヨーロッパ音楽の旅に出た。の画像

萩原麻未

―― 「自分の表現ばかりにとらわれて」だなんて、榎本さん、芸術家は自分の表現を追求するものではないのですか?

榎本 そうですよね。でも、彼女はこうも語っています。「音楽を尊敬しているからこそ、音楽と関わるときは、人間的な気持ちの上でも真っ白の状態でありたい。作曲家に向かう時、自分のスタイルで演奏するのではなく、作曲家によって自分も自由自在に変化していきたい。自分という存在はないくらいの感じで舞台に立ちたい。」

―― 無我の境地ですね。ある意味、究極の自由というか。

榎本 きっと透明になりたいのでしょう。彼女の理想は、ステージ上に、ただ音楽だけがある、ということなのだろうと思います。だからこそ彼女のコンサートでは、本当に生き生きとした、生命力あふれる音楽が生まれるのです。

11/23(木)、彼女の演奏によるリストのラ・カンパネラや、愛の夢第3番といった名曲が、りゅーとぴあ・コンサートホールに響きます。ぜひお聴き逃しなく。

―― ありがとうございました。

関連する公演記事

ページの先頭へ