このページの本文へ移動

【特別インタビュー】チェコ・フィル音楽監督/首席指揮者セミヨン・ビシュコフ

【特別インタビュー】チェコ・フィル音楽監督/首席指揮者セミヨン・ビシュコフの画像
(C) Petr Chodura

セミヨン・ビシュコフ インタビュー

取材・執筆:後藤菜穂子

——ビシュコフさんが前回チェコ・フィルと来日されたのは2019年10月でした。ずいぶん前のことのようにも感じます。

ビシュコフ[以下B]:ある意味では長く感じますが、他方ではまるで昨日のことのようにも感じます。前回の日本公演のことは今でも鮮やかに覚えていますよ。コンサートでの日本の聴衆のみなさんの反応にはたいへん強く心を動かされました。

——今回の来日公演では、オール・ドヴォルザークのプログラムを取り上げます。2023/24年のシーズン、ビシュコフさんとチェコ・フィルは内外でドヴォルザークを特集されますね。

B:2024年は10年にいちど祝われる〈チェコ音楽の年〉なのです。そこで、今シーズンは私たちの本拠地であるプラハのルドルフィヌムでの定期演奏会もオール・ドヴォルザークの3公演で開幕し、その後の日本と韓国のツアー、そして来年のヨーロッパ公演でもドヴォルザーク・プログラムを演奏します。また、この機会に私たちは交響曲第7〜9番と序曲3曲の録音も行います。

——チェコ・フィルは今季、創立128年を迎えますが、その記念すべき第1回の演奏会をドヴォルザークが指揮したそうで、まさにこのオーケストラにはドヴォルザークのDNAが受け継がれているのですね。

B:そのとおりです。オーケストラはドヴォルザークの伝統を直接受け継いでいます。でも、だからといって演奏がルーティンになることはけっしてありません。奏者たちは心底ドヴォルザークの音楽を愛しており、《新世界》であれ他の作品であれ、何回演奏しようと、リハーサルのときから完全に没入しています。それは彼らの顔を見ればわかります。
一つ、私の体験談をお話ししましょう。私がチェコ・フィルの首席指揮者・音楽監督に就任する少し前だったか、彼らと初めて《新世界》を演奏したのですが、そのリハーサルのときに、私はある箇所のフレージングを変更してほしいとお願いしました。それは彼らにとっては新しいやり方だったのです。公演はうまくいき、その後、オーケストラは中国公演に出かけたのですが、あとで聞いたところによると、現地での移動のバスの中で団員たちは私が変えたフレージングの是非について熱く語っていたのだそうです。彼らがドヴォルザークの音楽にどれほど強いこだわりがあり、真剣に取り組んでいるか、わかっていただけるでしょう。

——ビシュコフさんご自身のドヴォルザークへのアプローチは、チェコ・フィルにいらしてからどう変化してきましたか?

B:チェコという国でチェコの人々と多くの時間を過ごすことで、私自身のドヴォルザークの音楽に対する考えも、観光客だった頃とは変わりました。そもそもチェコの歴史はきわめて豊かであり、同時にとても複雑です。たとえば19世紀後半のチェコはオーストリア・ハプスブルグ帝国の支配下にあり、ドイツ語が主要な言語でした。そうした中で、チェコの人々は自分たちの民族のアイデンティティを守ろうとしたのです。スメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェクの音楽には、そうしたチェコ民族の独立への強い願望が感じられます。
その一方で、ドヴォルザークはワーグナーやブラームスなど、ドイツ音楽の影響も大きく受けていました。そうしたさまざまな影響と、チェコの民俗文化や風習、言語が彼の音楽の中で混ざり合い、ドヴォルザークらしさを作り上げているのです。
ドヴォルザークの音楽は表面上、モーツァルトやシューベルトのように、とてもシンプルで親しみやすい旋律に満ちていますが、実際の楽譜はとても複雑で、リズムや声部も入り組んでいますし、また同じ主題が出てきても毎回少しずつ変化するなど、とても精密な書法で書かれているのです。そうしたドヴォルザークの奥深い世界を私たちの演奏を通してお伝えできればと思います。

——今回、日本ツアーで演奏されるドヴォルザークの後期の交響曲第7〜9番のそれぞれの魅力、作風の違いについてお聞かせください。

B:3曲とも性格は大きく異なりますが、ある意味では交響曲第9番「新世界より」がもっとも「古典的(クラシカル)」と言えるかもしれません。交響曲第8番は幸福感にあふれており、牧歌的です。それに対して、第7番は苦悩に満ち、冒頭からすでに不穏さを感じます。一方、オーケストラの書法の面では、第8番の時点で完成されていると言えます。第7番ではまだ未熟な部分があるので、演奏する際には響きのバランスに気を配る必要があります。

——今回は3人の気鋭のソリストたちと、ドヴォルザークの3つの協奏曲——ピアノ、ヴァイオリン、チェロ——を演奏されます。その中ではチェロ協奏曲がもっとも有名ですが、そのほかの協奏曲についてはいかがでしょうか?

B:3曲ともドヴォルザークが作曲したものですから、名曲でないわけがないでしょう!音楽史においては、ある曲があまりにも有名になって、他の曲の影が薄くなってしまうということはよくありますよね。たとえばチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番などもそうした例ですが。
ドヴォルザークの協奏曲はいずれもとても技巧的でシンフォニックな作品です。特にピアノ協奏曲はピアニスティックな面での難しさがありますね。ずいぶん前にアンドラーシュ・シフさんとこの協奏曲を共演したことをよく覚えています。今回、日本公演のソリストは藤田真央さんですが、彼とは初共演になります。また、チェロのパブロ・フェランデスさんとはプラハで9月に初めて共演します。
通常の公演とちがって、演奏旅行で彼らと共演することの良さは、演奏を重ねることでお互いに音楽的に進化を遂げることができる点です。その意味では、オーケストラにとっても演奏旅行を行うことはとても大事なことです。

【特別インタビュー】チェコ・フィル音楽監督/首席指揮者セミヨン・ビシュコフの画像
藤田真央(ピアノ)

——日本にはチェコ・フィルのサウンドに親しんでいる方も多いと思いますが、改めてそのサウンドの特色について語っていただけますか?

B:チェコ・フィルのサウンドはまさに「ユニーク」、すなわち唯一無二のサウンドだと思っています。世界的にも、他のオーケストラとは明確に異なるサウンドを持っていることを誇れる楽団は一握りだと思います。一つには、私たちの本拠地ルドルフィヌムのホールの音響と関係していると思います。このホールで聴くとまるでチェコ・フィルの音にやさしく包まれるような感覚があります。こうした音の温かさ、やわらかさに人々は魅了されるのだと思います。もちろん私たちだって大音量は出せますが、そうした時でもけっして攻撃的な音ではないのです。彼らのDNAの中にある音楽には本来そうした攻撃性がないからです。こうした音楽性がチェコ・フィル・サウンドのユニークさの理由だと思います。このユニークなサウンドを、これまでチェコ・フィルを聴いてきた方も、初めての方もぜひ味わっていただければと思います。

関連する公演記事

ページの先頭へ